こちらの記事はジュニアサッカーNEWSメディアパートナー 東京大学ア式蹴球部 様よりご寄稿いただきました。
大学サッカー部の活動、大学生のサッカーへの想い、高校時代のサッカーと勉強の両立についてなど、中学生高校生・保護者の皆さんのお役に立てばと思います。
(参照元:feelings 東京大学ア式蹴球部ブログ)
寄稿者
鈴木潤(4年/DF/駒場東邦高校)
始めはただ楽しかった。
意味わからないくらい大きな水筒。
音の軽いサッカーボール。
桶屋が億万長者になるレベルで土や砂の舞うグラウンド。
そして、ガッツギア。
白を基調とするユニフォームはいつも無邪気さを映し出した。
母は小言を言いながらも洗濯をしてくれた。
その口元は微笑んでいるようで。
全てが懐かしく、愛おしい、自分のサッカーの原点。
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逢魔時。
黄昏時とも呼ばれる。
夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻をそう呼ぶらしい。
小さい頃はこの時間帯が嫌いだった。
家の近くの公園でサッカーや鬼ごっこから派生した謎の遊びを延々と繰り返し、宴もたけなわのタイミングで5時のチャイムが鳴る。
なんなら冬だと4時半に鳴る。
かの有名なグルコサミンと同じく世田谷育ち。
そんな我ら一行はルールを守ることを美徳としていたので、自分にとってチャイムの強制力は凄まじいものだった。
チャイムが鳴ればピクミンかのように皆慌てながら帰りの支度を始める。遊びの時間が終わり、赤らんだ中を自転車で爆走して家に帰る。
小学校低学年の頃は、家に帰れば9時には寝ろと親に言われ、月9も見ずに寝ていた。
そのおかげか身長は伸びた。
ようやく月9を見られたのは9歳の時で「ブザービート」が初めてだった。
北川景子はめちゃくちゃ好きで相武紗季は嫌い。
当時の自分からすれば夜というのは大人の時間。
この夕暮れの時間帯は友達とは遊べないわ、塾に行かなければならないわ、嫌なことが始まる合図のようなもの。
日が沈めば沈むほど心も沈んでいった。
そんな中でも救いの光はあって、夕暮れ時から始まるサッカーの練習は特別な意味を持った。
免罪符というと聞こえが悪いが、暗くなっても外で楽しいことができる。
朝から楽しみで、その日の給食は係と結託して大量に摂取していた。牛乳も三本くらい。
そのおかげか身長は伸びた。
長期休みに入ればずっと校庭開放でサッカーをしていた。
2010年南アフリカW杯の熱狂冷めやらぬまま朝から無回転。
2011年アジアカップの興奮冷めやらぬまま朝からボレー。
チャイムが鳴るまでボールを蹴り続けた。
あんなに夢中になれたのは何故なのだろうか。
そう感じて昔の自分を振り返る。
我ながらよく発言する子だったと思う。
授業中先生が問題を出せば恵まれた体躯を活かし発言権を得ていた。
刺されてないのに話していた気がする。
よくチャレンジする子だったと思う。
小さい頃マクドナルドのプレイルームで見知らぬ同い年くらいのガキンチョに煽られて、いかに高いところから飛び降りられるかで張り合っていた。
自転車に乗っては両手離しを嗜む。
あの頃の自分には確かな熱があり、自分が楽しいと思えばそれに熱中していた。
Creepy Nuts的に言えば、苦手だとか怖いとか気づいておらず、頭が悪いなんて全く思ってない。
すれ違ったマサヤに笑われてもどうでもいい。
今は出来ないことだろうといつかきっと出来るようになる。
自分の直感と能力を信じて生きていたのかもしれない。
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中高生になると、この夕暮れの時間が好きになっていた。
自由に行動する時間帯がずれただけなのかもしれないけれど。
昼間は授業。
夕方になれば部活に精を出しながら、オフの日に渋谷のエストで球技に興じてはtohoシネマズで何度も映画泥棒を観る。あの口だけの怪物みたいなキャラも。
しまいには黄昏時を題材とした映画「君の名は。」を5回も観に行く始末。
一方で、重要なのは人間性の変化。
授業中に手を挙げることがめっきり減った。気がつけば、誰かを指す瞬間を見計らって挙げるのが特技になっていた。
気絶させられる手刀くらい速い。見逃してしまうのも無理はない。
発表などの類は「面倒臭い」の一言で煙たがるようになった。
自分が出来なそうなことはやらないように立ち回るのが上手くなっていた。
能ある鷹は爪を隠すの対義語があればぴったり当てはまりそう。
能がないくせに爪を隠す。自分が能どころか爪すらないスズメのように矮小な存在だと思われたくなかった。
いや、「思いたくなかった」の方が正確かもしれない。
俗に言うコンフォートゾーンってやつなんだろう。
小さな絶望の積み重ねが人を大人にするとはよく言ったもので、純粋に物事を楽しめなくなっていた。
変に冷めた大人。
頑張って頑張り抜いたのちに結果が出ないことを無駄のように感じ、効率が悪いと呟く。
周りの目を気にして自分を消すことも増えた。
やりたいことを自信を持って「やりたい」と言えなくなる。
つまらなすぎる。
心の中の自分が「お前はつまらん」と言い出すくらいにはつまらない人間になっていた。
まるで宿儺。「頑張れ頑張れ」とは言ってくれなかった。
次第と何かを選択することが苦手になった。
選ぶ前に本当に正しいのか、他に選択肢はないかと悩む。
至極真っ当なことのように思えるが、あまりにも考え込んでしまうのが問題だった。
敷かれたレールの上しか歩けない。
ファーストペンギンならぬラストペンギン。
名前だけなら格好良いが要は腰抜け。
ラストエンペラーとかラストサムライの格好良さには遠く及ばない。
今までは悩みもしなかった。
強いて挙げるとすれば、進学する中学を共学か男子校か選ぶ時。
男子校というものが全くイメージできず、6年間でとんでもない性犯罪者になるのではないかと泣きながら先生に相談した時くらい。
もちろん杞憂だった。
何かを選ぶことは他の全てを捨てること。そんな考えに頭は蝕まれていた。
最短の道は何か。最適な道は何か。
石橋を叩いては止まり、もう一回違う箇所を叩いては止まる。
そんな自分にとって、ボールを蹴っている時だけは周りの目も気にせず、夢中になれた。
今も昔も変わらないサッカー小僧に戻れる。
心の底から震える感覚。
公式戦の会場に向かうバス。
緊張と興奮半々の中音楽を聴いて気持ちを高める。
キックオフ直前はハラハラしているのに試合が始まると緊張などとうに忘れてしまう。あの感覚。
明らかな非日常。
それが楽しい。
サッカーは変わらず救いの光で、確かな熱を感じられた。
はずだった。
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最後に
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