将来、子供たちの職業の選択肢になるかもしれないサッカー選手以外の裏方の職業について詳しく調べてみました。
実業之日本社から出ている『サッカーの憂鬱』(能田達規 著)という漫画は、他のサッカー漫画と一線を画している漫画です。サッカー漫画と言うと、主人公たちがサッカーを通して成長していく青春群像が主ですが、この漫画は、普段私たちが意識しないサッカーの裏方たちについて描いています。
1話目は、試合には欠かせない「審判」についてです。審判について、少し深く掘り下げてみましょう。
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photo:Bay Area Bias
CASE1 あらすじ
場面はショットバー、見ず知らずのOLに話しかけられ、飲みに来ていた審判が話を打ち明けるという設定で話は始まります。
審判は孤独なものであること、選手に恨まれるようなこともあることなどが話されますが…
審判は孤独な職業か?
審判の判定で試合が覆った試合を見たことはありますか?ジュニアサッカーの世代でも、さまざまなブログなどを見ていると、「審判に助けられた試合」「審判の判定が試合を決めた」という記述に出会うことがあります。
Jリーグの試合でも、審判名の呼名のときにブーイングが起こる試合に居合わせることは珍しくありません。
選手たちにしてみれば、勝った試合には審判は神様、負けた試合には審判は恨みの対象となってしまうのも気持ちとしては理解できる気がします。
日本を代表するレフェリーの上川徹さんがワールドカップの3位決定戦の笛を吹いたときの思い出について述べた本があります。
その中で、「ワールドカップは3,4位決定戦以上は審判にも試合後の表彰がある。審判が表彰されている時は無視かブーイングが当たり前です」と述べています。
上川さんの表彰の時は拍手で迎えられました。この例はたいへん少なく、いかに彼がよいジャッジをしたかがわかるエピソードです。
試合後の審判はどうしている?
Jリーグやワールドカップの試合をよく見ていらっしゃる方、サッカーについて詳しい方はご存知だと思いますが、審判が試合後のインタビューに答えることはありません。試合後のインタビューに答えるのは、選手と監督のみ。
FIFA(国際サッカー連盟)は、審判員が試合直後にチームやメディアをコンタクトするのを禁じています。
チームやメディアがジャッジについて問い合わせたい時は、後日連盟に問い合わせることになっています。Jリーグの場合だと、マッチコミッショナーを通して審判委員会に問い合わせが必要とされます。
つまり、試合のジャッジに対して直接審判に私たちが問い合わせることはできません。もちろん、選手もです。そのため、審判員の方は試合が終了次第帰宅したり、ホテルなどに直帰するなどの方が多いようです。
選手に恨まれることもある?
漫画の中では、選手に「こっちは生活が懸かってるんだよ!」とくってかかられるシーンがあります。審判はそれに言い返すようなことはせず、心の中で「こっちだって生活がかかってるんだ」と言うにとどめるわけですが…
「勝利給」という考え方
確かに、プロサッカー選手には一つの試合に勝てば「勝利給」が出るところがあります。また、次の試合に出られるかどうかがかかっている試合もあります。生活そのものがかかっていることは間違いありません。
ジュニア選手はどうでしょう?
ジュニア選手でも、ここで都道府県代表の座がかかっている、全国大会で勝ち進めるかどうかがかかっているなどの岐路の試合になっている場合があります。
もっと成長すると、この試合の結果で高校推薦の対象になれるかどうかが決まったりすることもあります。これも広義に考えれば、選手の「勝利給」と言うことができるかと思います。
有形無形はありますが、勝利給は誰しも設定しているもの。うまくいっていると思っていたのに、審判のジャッジでひっくり返ったととらえれば恨みたくなる気持ちも起こります。
的外れな批判も多い
日本を代表するレフェリーの一人である高田静雄さんも、「ルールを良く知らないために起こる的外れな批判」はある、と言います。
ジュニアサッカーの試合を見ていて、それがとても多かったという印象があるのは2013年にオフサイドの規定が変更になった時です。
それまでの規定で判断していると思われる保護者が、「今のはオフサイドだろう!」と大声を上げるシーンを何度も目にしました。選手にもたくさんいました。これは、知らなかったことが原因の批判です。審判にとっては大変理不尽です。
ただ、高田さんは、ルールを良く知らないために起こる批判でも、感情的に対応してはいけないと述べています。高田さんには「暴言は二度聞け」という名言もあります。
間違った知識で険悪になることは、ジュニア選手の教育上、決して望ましいことではありません。保護者としても正しい知識を入れておきたいものです。
南米では「性悪説」をもとに教える
日本ではそうでもないようですが、南米の指導者は選手に「審判を見たら泥棒と思え」と教えるそうです。マリーシアに代表されるように、どうやって相手を出し抜くかというプレーの多い印象のある南米ですが、審判をどうやって出し抜くかと言うことも勝つための駆け引きの一つとして教えられるようです。
ヨーロッパリーグを見ていても、わざとファウルを誘う行為、ラフプレイを連発して荒れる試合になることもあります。時々Jリーグでも見かけます。
このような環境と視線の下でジャッジを下さなければならない審判員のプレッシャーたるや、大変なものであることが想像されます。
ラフプレイを見逃したらどうなるか?
では、審判がジャッジをしなかったらどうなるでしょう?
高田静夫さんは、「悪い流れが起こらないように悪い芽を事前に摘む」ことが審判の仕事だとしています。問題が起こった時に判定するのではなく、問題が起こらないように笛を吹くのが審判の仕事だそうです。
上川徹さんは、試合の始めにラフな反則が起きた時、中途半端な対応をすると選手が判定基準を勝手に解釈して試合が荒れる可能性が高くなるといいます。
中途半端な判定は試合を壊す
試合が荒れると、負傷者が出ます。
選手にとって一番避けたい負傷者が出る事態が起こってしまうということは、「勝利給」どころの話ではありません。選手生命にかかわってくる話になります。
審判は、選手生命を守るために存在していると言っても過言ではありません。そのため、「試合の結果は考えずに判断を下さなければならない」と言います。
安易な判定、中途半端な判定は試合を壊します。このため、審判は自分にも選手にも厳しくする必要があるのです。
審判は「ピッチ上の裁判官」
裁判官の日常について話を聞く機会がありました。
裁判官の日常が法によって制約されているわけではありません。それでも、「法の番人なので、車などで事故を起こすわけにはいかない」と免許を返納した方、居酒屋には行かないことにしている方、というふうに自分のルールを決めている方はいます。
もちろん、すべての裁判官がこうしているわけではありません。
自動車で移動する場合にも、自分では絶対に運転をしない方もいらっしゃいました。万が一のために免許は持っているけれど、極力運転はせず、基本的に家族に運転してもらうそうです。
理由は、「まず、事故を起こしてはいけない。次に、法を侵すような可能性のあることは多少を問わず、慎みたい」という気持ちだそうでした。個人同士のトラブルにも巻き込まれてはいけないという思いから、町内会などの人付き合いも最低限にセーブする方もいるようです。
「人を裁く」という立場だからこそ、一般人以上に日々の行動を律することが求められます。
審判員に求められること
審判員も裁判官と同じく、「判定を下す」ことが仕事になります。このため、常にフラットでいなければなりません。どちらかに肩入れすることもできませんし、同情することもできません。
その点で、感情的にかなりの思いを律することが多い職業です。
第1印象から周囲に信頼させることも必要です。「この人のジャッジなら大丈夫」という安心感と肯定感を与えることが試合中のジャッジをしやすくします。
背筋をピンと伸ばしていること、きちんとした服装をしていること、立ち居振る舞いが立派であることなど、人は第一印象で「信頼できる」と思う共通点があります。
その点については意識している審判員の方が多いようです。
笛は「意志」であり、「表情」である
サッカー選手が「パスは会話」というなら、審判員の会話は「笛」です。どんな笛の吹き方をするか、何を考えてジャッジしているのか、今度試合を見るときに、審判員の笛に耳を澄ませてみませんか?
「正しい判定を下すこと、悪い行為は許されないことを変わらずに続けることで審判は評価される」
ブーイングの圧力、選手からの批判に負けず「変わらずに続けること」が審判員の評価はもちろん、「試合を守ること」につながるのです。
審判の技術のみどころ
2020年度のサッカー審判員の数は全国全カテゴリーで261,149 人。(JFAデータボックスより)
サッカーの選手と同じく、審判員にも技術の違いがあります。
試合観戦が少し楽しくなる審判の技術の見どころをご紹介します。
1.ボールを見るポジショニング
審判がたくさん走るというのは有名な話です。平均1試合に12キロは最低でも走らなくてはなりません。しかも、ずっとその間ボールと選手が良く見える位置をキープし続け、それでいて試合の内容を邪魔してはいけません。
選手の影にボールが入ってしまってはいけません。見えないところではジャッジができないからです。
プロサッカー選手からレフェリーに転向した上川徹さんも、「現役だったのに、(審判をしているとき)頭を使いつつ走っていると足がつることがあった」と振り返っています。
その間ずっとよいポジショニングを取り続けることができるかという問題は、「次に試合とボールと選手がどう動くか予想し続けることができるか」ということにつながります。
こうしたことをずっと考え続け、試合の一歩先を読みながら走り続けられる審判が技術力の高い審判です。
2.カードの出し方
カードの出し方にも技術があります。どの方向からも見えるよう、出さなければなりません。
余談ですが、カードを出すとき、メモ帳に描くときに必ず選手に名前を聞くそうです。どんなに有名な選手でも、です。名前を自分で言うことが、頭に血が上ってしまっている選手に冷静さを取り戻させるきっかけになるようです。
3.アドバンテージを採用する瞬間の判断
アドバンテージとは、反則を受けたチームが有利となる場合、試合を止めずに続行することです。
もちろん、結果として反則したチームに有利になった状態の時には試合を止め、反則時点にさかのぼって罰則を適用します。
今の反則はアドバンテージを取ったほうがよいのかどうか、ファールを取って試合を止め、フリーキックを与えたほうが反則を受けた側にとって有利なのかを瞬時に判断しなければなりません。
審判を目指すジュニア選手のために
審判は、その試合をまとめ、負傷者が出ないように試合が荒れないように、正々堂々としたスポーツマンシップにのっとったゲームをするために存在してくれる人たちです。
彼らがいるから試合はルールにのっとって行われ、見ていて楽しいスーパープレーも出ます。真の意味でゲームの出来を支配することができる職業と言ってよいでしょう。
審判は4級審判からあり、満12歳以上で講習を受けることができます。現在小学校6年生でも、誕生日を迎えていれば4級審判員の講習を受けることができます。
4級審判は、都道府県サッカー協会を構成する支部、地区/市区郡町村サッカー協会の参加の団体、連盟等が主催するサッカー競技の試合を担当することができます。また、4級審判員で特に優れていると都道府県サッカー協会の審判委員会が認めた審判員については、都道府県サッカー協会が主催するサッカー競技の試合を担当することができます。
近年は中学生で3級審判、高校生で2級審判を目指す方も増えています。
また、海外での試合で笛を吹くことを目指すなら、語学はまず英語、次にスペイン語がおすすめです。
参考文献
『サッカーに関わる仕事』(ほるぷ出版、2003年12月)
『できる男は空気が読める~サッカー審判に学ぶ「英断力」』(ベースボール・マガジン社新書 高田静夫著 2008年11月)
『平常心』(ランダムハウス講談社 上川徹著 2007年3月)
『少年サッカー審判のコツ50』(メイツ出版 濱口和明著 2009年10月)
『サッカーを100倍楽しむための審判入門』(講談社 松崎康弘著 2009年12月)
『審判目線 面白くて癖になるサッカー観戦術』(講談社 松崎康弘著 2011年1月)
『ジャッジをくだす瞬間ーサッカーをコントロールするのはレフェリーだ』(講談社 岡田正義著 2000年7月)
『サッカー&フットサル競技規則2014-2015』(日本サッカー協会審判委員会 2014年10月)
最後に
『サッカーの憂鬱(裏方イレブン)』は、週刊漫画サンデーに連載されていたもので、現在2巻まで出ています。
審判から始まり、Jリーグチームの広報やターフキーパー、クラブ社長やユースコーチなど、さまざまな職種について、1話ずつご紹介していますので、興味のある職種を見つけてみてはいかがでしょうか?
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匿名さん
ご指摘いただきありがとうございます。
ご指摘いただいた箇所について取り急ぎ削除いたしました。
確認が取れ次第新しい記述に変更いたします。
今後ともよろしくお願いいたします。
4級は小学生の試合の審判ができる
は間違いです。
市町村協会主催なら大人の試合でもできます。
小学生大会でも県大会以上の審判はできません。
匿名さん、ご指摘ありがとうございました。すみませんでした!
修正しましたので、ご確認ください。
またよろしくお願いいたします。